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zoom RSS 差別と排除、人間は進歩しないのか。『骨狩りのとき』を読む

<<   作成日時 : 2017/12/07 16:11  

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人類は進歩しないのか。歴史は繰り返されるのか。
エドウィージ・ダンティカの『骨狩りのとき』を読んで
そう思う。
この作品は1937年、ドミニカの独裁者トルヒーヨによる
ハイチ人大虐殺を扱っている。

国境の川を渡って、ハイチからドミニカへ大勢の人たちが
仕事を求めてやって来ている。
トルヒーヨは、ドミニカの貧困層が支配層、富裕層へ批判・
反抗の目を向けないように、彼らのさらに下層にいるハイチ人
労働者を標的にする。人種差別と分断、排除。

第二次世界大戦後、このような思想は克服されたかに見えたが、
ここに来てまた息を吹き返してきた。
トランプのアメリカ、排除を旨とする右翼が伸びているヨーロッパ。
日本も例外ではない。安倍政権に力を得て「在特会」の差別的
言動はとどまるところを知らない。東京都議会では「都民ファースト」
などというおぞましい名前の政治団体が多数を占める。

ハイチ人のアマベルは、両親を川で亡くす。ドミニカ人に拾われ、
その娘バレンシアと姉妹のようにして育てられる。今はメイドとして
バレンシアの世話をしている。
大虐殺が始まり、アマベルは町から逃げる。恋人のセバスチアン
とは離ればなれになっている。セバスチアンの友人のイーヴスと
ともに国境の川を目指す。
この場面は緊迫感溢れる描写が続く。
セバスチアンは殺されたという噂を聞く。
アマベルもイーヴスも体と心に大きな傷を負う。

1961年、トルヒーヨが殺される。
アマベルはバレンシアに会いに行く。しかし、かつてのような
関係にはなれない。「通りですれ違って、長々と意味のない
挨拶の言葉を交わしている二人のようだった。」

バレンシアを訪ねた帰り、アマベルは夜の国境の川に浮かんで
みる。かつて増水したこの川で事故死した両親や、虐殺から
逃れようとしてこの川を渡る途中で殺された人たちを追体験
するために。
川には虐殺を生き延び精神を病んでしまった「教授」もいる。
そうして、アマベルも「教授」も夜明けが来るのを待って
いる。・・・

しかし、夜明けは来るのだろうか。
来ると信じたい。来ると信じて行動するしかない。

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