寛容で自立した人々。『とんがりモミの木の郷』を読む

岩波文庫の新刊『とんがりモミの木の郷』というのを読んで
みました。作者はアメリカのセアラ・オーン・ジュエットで、
初めて知った名前です。1849年生まれ1909年没だそうです。
文庫には6編が収められていて、標題作はやや短めの長編で、
それ以外はいずれも短編です。

標題作「とんがりモミの木の郷」は、語り手の「わたし」が
一夏を過ごすため海辺の町ダネット・ランディングに行き、
そこの人たちとの交流を描いたものです(1896年刊行)。

ここで暮らす人たちは男も女もみんな漁や畑仕事をし、
家の中では手仕事をこなしています。女も舟を操り魚を
とることを厭いません。
そういう体を使った暮らしが思考力も鍛えるのでしょうか、
男女とも逞しく生きています。
世間にはいろいろな人がいることを理解しているので、
他者に対して寛大です。
ミセス・ブラケットはこういいます。
「人はそれぞれよ、だから寛容にね」
このセリフが、この作品の世界を象徴しています。
穏やかで気持ちのよい風が常に吹いているようです。
悪人は一人もいません。愚痴をこぼす人に対しては慰め
励まし、それとなく注意を与えます。
ここは聖人君子の国か!と思うほど善い人ばかりなので、
小説としてはちょっと物足りなく感じるも事実です。

ですから、ほんの少し皮肉な記述があると思わず笑って
しまいます。そんなところは一箇所だけですが。
内陸部から派遣された牧師が、地元の女性の操る小舟に乗って
島に向かうときの描写がそれです。
舟の中で勿体つけた話を続けていた牧師は、いきなりの突風に
棒立ちになり海に助けを求める始末。うろたえる牧師を同乗の
女性が突き飛ばして舟底に横たわらせて、事なきを得ます。
女性は言います。「海に出る必要もあるような教区に内陸部の
人を送るべきじゃないと思うわ」
大手メーカーの子会社で長年働いてきたワタクシには、この
言葉に心より賛同するものであります。子会社の業務を全然
理解していない部長が親会社から送り込まれてくるのです。
迷惑なことこの上なし。

ここに登場する人たちはみんな自立し独立独歩で生きている
人たちですが、ワタクシが最も魅了されたのは最後に出てくる
ティリー老人です。
自力で家を建て、石ころだらけの土地を耕して立派な畑にし、
漁に出て魚をとり、自ら料理をし編物をする・・・
8年前に奥さんを亡くしています。でも家の中はきれいに
片付いています。
「家内が遺していった時のようにちゃんとしておこうとして
いるんでね」
そうして今も変わらず奥さんとの思い出を大切にして、
きちんと生きている。
自立した人の気高さ清々しさを感じます。

短編のほうも、純粋な精神や他者への思いやりなどを描いた
心洗われるような作品が揃っています。
現代の小説に比べると物足りなさを感じますが、たまには
この桃源郷みたいな世界に浸るのもいいかもしれません。

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