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zoom RSS 赤ん坊は世界の中心だ。堀江敏幸『なずな』を読む

<<   作成日時 : 2011/06/26 15:56   >>

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まど・みちおの詩と出会い、赤ん坊に「なずな」という
名前を与えることを思いついたその瞬間、この作品は
作者の頭の中で組み上がったのではないだろうか?

どこを切り取っても、なずなちゃんへの純粋で深い愛情が
溢れている。その愛情を、温かく柔らかいていねいな
文章でつづっていく。

 ・・・・そして、どこで眠っていても、彼女は空間を自分中心に
 変容させる。なずなだけではなく、赤ん坊にはそういう力が
 備わっているのかもしれない。とすれば、この世界には、
 赤ん坊の数だけ中心があるということになる。

ミルクを力強く飲むことに喜び、飲み終わった後すぐに
これまた力強い爆裂音をさせて、替えたばかりのおしめを
台無しにさせてしまうことにがっかりし、突然の発熱に
狼狽し、などなどのために慢性的寝不足となり、目の下に
大きな隈を作りながら、かいがいしくなずなちゃんの世話を
しているのは、お母さんではなく、お父さんでもなく、独身の
中年男「私」である。

「私」はなずなちゃんの伯父さんであり、地元の新聞の
記者をしている。

よんどころない事情でなずなちゃんを預かってから、
この「私」を支えてくれる人の輪が大きく厚くなってくる。
みんながなずなちゃんをのぞき込み触れたがる。
碁会所で出会った男子小学生3人組までもが。

作品の要所要所にはめ込まれるまど・みちおの詩が
すばらしい。このすばらしさをすくい上げた作者の眼力に
脱帽する。
こんこんと湧き上がってくるコオロギの鳴き声を手に
すくいたいという詩の一部分、

 そのまま 手に
 たたえて いたい

 小さな空が おりてきて
 ほほずりするのを まって

 それから そっと
 もとに かえしたい

この詩に触れたことによって、この『なずな』は構想されたと
思う。この詩の後には、こんな一文がある。

 頬ずりするために降りて来てくれる空が、このあたりに
 あるだろうか? ある、と信じたい。ある、という前提で
 ものごとを考え、世界を見つめたい、と私は思う。 

なずなちゃんを育てていく中で獲得された「私」の世界観。
「私」はなずなちゃんを育てつつ、なずなちゃんによって
育てられてもいるのだ。

この物語は、この作者でおなじみの雪沼や未見坂の町に
隣接すると思われる伊都川市での、なずなちゃんを中心と
する日常を淡々と描いただけである。
(新聞記者である「私」が取材する出来事も盛り込まれては
いるけれど。)
それなのに、読み始めたらやめられなくなる。

1つの章を読み終わると、残りのページ数を確認する。
残りが少なくなってくるにしたがい、読み終わるのが
もったいない、もっともっと読んでいたいという気持ちに
なってくる。

だからワタクシは最後の章を読まずに残している。
それまでの章を拾い読みしている。

そして、なずなちゃんの表情や喃語に合わせて、ワタクシも
はっ、とか、ほっ、とか、おー、とかつぶやいているのに
気が付く。

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